2013年03月04日

気球が落ちていく映像は必要なのだろうか?

痛ましい事故や事件が、世界で 日本で起こる。
デジカメやカメラ付き携帯、スマートフォン、監視カメラが溢れる中でその瞬間を捉えていることが増えてきた。
だけど、その“決定的瞬間”をマスメディアが広く流す必要があるのだろうか。
恐怖の中で命が絶たれて行く瞬間を 興味本位以外に、我々知る必要があるとは思えない。
とても直視できない。テレビ局は何に応えようとしているのだろうか?
伝え方を間違っている。伝えるべきことを見失っている。
隕石との区別もつかなくなっている。
posted by issassa at 17:35| 日記